末節は、一般的に「枝葉末節」として、些細な重要ではないこととして用いられる。末節にとらわれることを本末転倒などといい、根本や本質を見極めて邁進することが最も大切である。しかし私は前回、根節と末節の両面からアプローチすることが大切であるとお話しした。今回は根本となる根節の部分はひとまず横に置き、末節の重要性から先にテーマにしてみたい。
三幹九節=三節(根節・中節・末節)の中で末節を整える要領を三尖相照と中国武術では伝えている。いくら根本の身体操作がしっかりしていても、相手に到達する前に尖端の角度がわずかにズレてしまうだけで結果が異なる例として刀剣や弓矢を挙げてみたい。俗に「手元が狂う」あるいは「的外れ」と表現される。
太極拳や形意拳などの門派と関係の深い兵器の代表は槍術といえる。三尖相照を体得する上でも本来、槍の技術で解説すべきである。しかし中国と日本では槍の操法や柄の素材も異なっている。日本人の私達には刀剣や弓矢の方が馴染みがありイメージしやすい。今回は日本刀の「刃筋」や弓矢の「矢筋」(矢乗り)を用いて末節の重要性、三尖相照との関連を解説してみよう。
【刀剣(日本刀)の刃筋】
どのような名刀であっても素人が振り回すだけでは、ただの凶器であって本来の機能(力)を発揮することができない。「兵器は使い手によって魔力を発揮する」と武術家に伝えられている。日本刀であれば「刃筋を立てる」(※1)という口訣がある。刃筋(はすじ)とは、第一に斬り込む時の刀身の進入角度を指している。刀の峯(みね、刃の反対側)と刃を結んだ線の方向と角度を斬るべき対象に合わせることでブレずに斬り込むことができる。第二に斬撃の際、刀身の通る軌道が最後までブレないことを「刃筋を通す」という。刀は相手を「叩き潰す」のではなく「引き斬る」あるいは「断ち斬る」武器である。
「刃筋を立て」「刃筋を通す」条件を満たして上段から敵を真っ二つにする比喩に「一刀両断」(※2)がある。
【弓矢(弓箭)の矢筋(矢乗り)】
弓術において矢を放ち精確に的を射抜くためには、身心の操作をはじめとした鍛錬や集中力と忍耐力、身体の再現性など多くの要素があるが、ここでは的に向けた矢の向きに焦点を当てたい。
弓術においても「刃筋」と似た用語に「矢筋」がある。放された矢の進む道のことで、的と矢を結ぶ筋(仮想線)つまり矢筋方向に矢を放てと教える。また、矢筋と似た用語に「矢乗り」(※3)がある。「矢乗り」には「放された矢の進む道」とともに「矢が実際に向いている方向」と説明される。こちらの方が「刃筋」と似ている。
私たち現代の日本人には、日本刀も弓矢も日常ではないかもしれない。しかし、視点を変えれば、身近な道具に似たような機能を見出すことができる。例えば、包丁やノコギリの「切り口」、ネジクギや釘を打ち込むドライバーや金づちの「角度と方向」。さらに日常の身近な道具だけでなく、自然現象を始めとするさまざまな事柄の中にも武術を理解するためのヒントがある。観察する眼を鍛えることも武術修行であり、「中国武学」だと考えている。武術に限らず、ご自分の観察眼を磨く楽しみをお持ちの方々と交流を通じて、楽しみを共有させていただきたいものだ。
三幹九節は、胴体・手・足という三つの幹に分類している。今回のテーマ、三節に沿って「三幹九節」を根節①④⑦・中節②⑤⑧・末節③⑥⑨で並べ替えてみよう
身体の中心から連動あるいは連鎖させて動いたエネルギーの到達点が末節であり、末節の③頭 ⑥手 ⑨足の3つを揃えることを三尖相照(さんせんそうしょう)あるいは三尖封(さんせんふう)という。三尖とは末節の三つの尖端で③鼻尖(頭) ⑥手尖(手) ⑨足尖(足)を指している。徒手空拳の三つの尖端を揃える「三尖相照」の精妙さを究めようとするなら剣術の「刃筋」や弓術の「矢筋(矢乗り)」といった兵器法を使って練習をすると難しさが理解できる。「兵器は手の延長」といわれる理由の一つだ。
徒手空拳の三尖相照も立ち方や姿勢によって尖端の位置は異なる。各門派の套路と技法を例に架式(立ち方)も示しながら紹介してみたい。
以下は写真と図を用いた三尖相照の説明なので、文章は読み飛ばしていただいてかまわない。もちろん興味のある方は説明を抄読いただきたい。
【架式・門派・套路・技法】~写真説明
① 三才歩・陳氏太極拳・砲捶・連珠砲 (写真1)
弓箭歩の場合は、Vol.29(※4)の陳氏太極拳・野馬分鬃を観ていただくと良い。後ろ足の踵と前足を結ぶ線上に重心点も含め、三尖相照の足尖・手尖・鼻尖が揃っている。弓箭式に似たような三尖相照の例として三才歩(中定歩)の架式で観ていただきたい。(順歩で中段を打っている)三才歩は弓箭歩と比べて重心が後ろ足に寄っており見た目は異なるが、相手との間合いが異なるだけで基本原理は同一であるため小弓剪歩と呼ばれることがある。
次に各門派の馬歩を通して三種類の三尖相照をみてみよう。北派武術より馬歩による②陳氏太極拳の青龍出水と③張玉衡派八極拳の頂心肘、南派武術の側身馬で④福州永春拳の擺手を例に挙げている。三尖相照の尖端を目標物とし、矢筋の仮想線としてご覧いただきたい。いずれも外三合のエネルギーを統一する三角形の図である。
② 馬歩・陳氏太極拳・老小架・青龍出水 (写真2)
馬歩で両足の足尖を結ぶ線の中心点を真下に向かって撃ち込む捶撃である。両足が三角形の底辺の両方の角で三角形の頂点が三尖相照の尖端方向となる。この技法に限らず同系統(陳氏の老架)であっても師伝が異なると外見が全く異なることがある。老師からも同じ套路でありながら別伝を示される事があり、陳一族の中でも同時期にさまざまな伝承があったことがわかる。
③ 馬歩・張玉衡派八極拳・岳山(大八極)・頂心肘 (写真3)
同じ馬歩でも技法のエネルギーの方向が、自分の身体の左側にある。左右の足を貫く線上の左側が三尖相照の尖端(三角形の頂点)である。
頂心肘は、技法の名からもわかるように定式では左肘で撃ち込んでいる。この場合、末節ではなく中節の肘が尖端である。
④ 側身馬・福州永春拳・斯紋套・擺手 (写真4)
永春拳(※5)の套路・斯紋套(ざんもんとう)の冒頭に出てくる防御の技法。
左右の写真では、左側の写真が左の側身馬で左擺手、右側の写真が右の側身馬で右擺手、それぞれ順歩(左右の同じ手と足が前に出ている。互い違いになると拗歩)となっている。
側身馬は、足尖の延長線上の交叉点が三尖相照の尖端(頂点)となっている。
三角形の中心から体の正中線がズレているようにみえるが、三尖相照の尖端は、両足の間の重心点に結びついている。
側身馬は、北派の武術とは異なり内股で狭い歩幅が特徴といえる。馬の字がつくが、南船北馬といわれるように南方では船での移動を多用し、狭い場所でも迅速に身体の転換が可能な架式である。福建省を発祥地とした門派に福州永春拳以外にも白鶴拳があり側身馬と同系統の架式がある。この系統の架式は沖縄空手にも継承され、三戦立ちとして知られている。
【註釈】
※1 刃筋 Vol.22 外三合 番外編 日中刀剣小考も参照。
※2 一刀両断 新陰流兵法・三学圓之太刀では「一刀両段」(一刀両断)と名付けられた技法が筆頭に位置付けられている。陰流系統の技法は各派に影響を与えており、三学圓之太刀「一刀両段」も研究対象として個人的に興味をもっている。
※3 矢乗り「放された矢の進む道のこと」弓道用語辞典・公益財団法人全日本弓道連盟より
※4 Vol.29 外三合 弓矢と勁 番外編(中編)
※5 永春拳には、漢字の「ごんべん」がつく詠春拳の門派が同じ福建省福州を発祥地とした門派として知られている。現在では香港に伝えた葉問(イップ・マン)の一派が隆盛を誇っている。葉問の弟子が、映画「燃えよドラゴン」主演のブールース・リー(李小龍)で功夫ブームを引き起こした立役者である。葉問も後に映画「イップ・マン」としてシリーズ化された。
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