Vol.1良師との出会い

太極拳を始めて45年になろうとしている。職業武術家ではないが、趣味としては深入りしすぎた感もある。たまたま縁があった老師との出会いであったが、ここまで自分の人生に大きく影響を及ぼすとは当初は考えもしなかった。

道場をさがすにしても今でこそネットで調べれば様々な情報が溢れ、何を選択すべきかを迷うほどの時代である。しかし、中国では古来良師に出会うことは難しいとされ、「三年かかっても良師をさがせ」ともいわれる。今日とは異なる閉鎖的な社会、限られた情報、武術教師という公的な資格があるわけでもない。どの門派を選び、そして師とするかはその後の修行に決定的な影響を持つ。画一化されたカリキュラムを単になぞるのではなく、長年培った経験値と智恵が弟子の才能を引き出すことにもつながるのだ。師と弟子双方の研鑽によって大成へと至るのである。

本来であれば隣国とはいえ、国も民族も異なる外国人への伝承は、決して軽々しく許されるものではなかった。昔日、中国においてさえ、たとえ師の門をたたき、入門したとしても、その奥妙どころか正式な弟子になることすら容易なことではなかった。熾烈な競争の末、才能と努力そして情熱を認められた者だけが伝承者として名を連ねることができたのである。

1982年、リー・リンチェイ(現:ジェット・リー)主演「少林寺」の映画が中国で上映されると武術の老師を探す旅に出る家出の若者が続出し、社会問題化したという。武侠小説で山を放浪していると偶然、武術の良師に出会うというくだりも相まって若者のロマンに火をつけたのだ。実際そんな夢がかなうはずもなく、中国政府は、嵩山少林寺の周辺に武術学校を作り、さらには外国からも留学生を受け入れた。今では全世界から年間3万人もの武術留学生がいるという。また、各地の武術学校へも武術留学も可能で活況を呈しているようだ。

私は、たまたま遭遇した縁に深く感謝している。武術修行を始めた当初、まだまだ情報も少なく、太極拳の真の姿など知るすべもなかった。そうした中で大変厳しく何度も挫折しそうになったが、切磋琢磨した濃密な時間は、何事にも代えがたい貴重な経験となった。修行を通して技術や知識を得ただけではなく、考え方や物の見方も育てていただいたと感じている。

最近まで武術をやっていることはあまり受け入れてもらえないと考え、人に接する時もあまりお話しすることはなかった。しかし、太極拳を武術として追求しているからこそ見えてくる視点があり、一般の方にも興味を持ってもらえる部分があるのではないかと考えはじめ、事あるごとに太極拳をやっていることをお話しするようになった。何よりも次世代の後継者を発掘し育成したいという思いもある。

ネットを通じての発信もあまりしてはこなかったが、今回「HIROSHIMA PERSON」で取り上げていただくことを一つの機会に積極的に発信していこうと考えている。

武術を追求することの面白さを紹介することを通じて、武術に興味のある人だけでなく、どなたにも何かの参考になることを願っている。これからの連載にあたって以下の事をテーマとしながらお話ししてみたい。

何故、武術に興味をもったのか?それは強さに対する単純なあこがれから始まり、次第に中国武術の深遠さへ引き込まれていった過程である。次に太極拳とは、単なる健康法ではなく生き残るための実用技術としての武術であることをお伝えしたい。そして身体のみならず意識への洞察と操作を通じて、私が武術を通して何を学んだかをお伝えしたい。社会人でありながら武術家という複眼を持つ私が、さまざまな社会の事象や歴史に対して何に興味を持ち、どう見て来たかを考えてみたい。

※ 初出 2020年9月4日 「HIROSHIMA PERSON」にて公開

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