易において太極は、宇宙の根源として重要な概念である。「太極者,無極而生,陰陽之母也」(※)訳すと、太極は無極から生まれ、陰陽の母(元)である。太極は、その存在の前に無極から生まれたとされている。
別な解釈では、「無極而太極」(無極にして太極)と言いこの場合、上記左の無極図を無極太極図、右図を無極太極陰陽図あるいは陰陽太極図(太極陰陽図)などと呼び方もさまざまだ。別な太極図②も併せて紹介しよう。無極との関係を来氏太極図(※)で観ていただきたい。円図(圓圖)とも呼ばれる。円環状に描かれた内円中の空洞が太極(無極太極図)を表し、円環の外円内の黒白の色が陰陽両儀を表す。
無極の無とは、虚無、真空、仏教の空(くう)、0(ゼロ)など様々な解釈があるが、まずは混沌とした無秩序の状態として捉えるとわかりやすいかもしれない。太極の太には、「非常に大きい」「甚だ(はなはだ)」「第一の」「始めの」「最も尊い」など様々な意味を複合的に含んでいると私は考える。
無極の無秩序で混沌(カオス)としていた状態より、秩序立てられた太極が生まれるためには、節目となるリセットする力(エネルギー)が必要だ。
呼吸の鍛錬や套路の練習を行う際、基本は鼻呼吸で口は閉じている。口を開ける場合は、開声あるいは雷声と言って独特の気合を発する場合など特別な目的に限られる。
練習の最初、体中から古い気(濁気)を吐き出すが、この時は口を開ける。「ため息をすると幸せが逃げる」というが、疲れやストレスが溜まって浅い呼吸が続くと、これを解消しようとする体の自然な反応だともいえる。
「交感神経」優位になっていたものを落ち着かせ、「副交感神経」を優位にするするためにも、積極的に息を吐き出しリセットしよう。息を吐き出すと同時に体に溜まった濁ったエネルギーを捨て去るとイメージし、息を吸うときは大自然の清浄な活力に満ち満ちたエネルギーが体にしみわたるとイメージしよう。つまり心身をリセットするということだ。日常のなかでも「居着く」状態を打開する弾みとすることもできる。
専門的には、濁気吐納(だくきとのう)という。吐納とは、呼吸のこと。まずは、伝統的な仏教の座禅のテキスト「天台小止観」(※)の一節を引用して説明しよう。
天台小止観 第四章 調気息 ~気息を調えよ~「つぎにまさに口を開き、胸中の穢気(えげ・濁気のこと)を吐き去るべし、気を吐くの法は、口を開いて気を放ち、気を恣(ほしいまま)にして出(い)だし、身分のなかの百脈の通ぜざるところをことごとく放ち、気に随って出(い)づると想え。出だし尽くさば口を閉じ鼻中より清気を内(い)れよ。かくのごとくにして三たびにいたれ。もし身息が調和せば、ただ一たびにてもまた足れり
つぎにまさに口を閉ずべし、唇と歯をわずかにあい挂(ささ)え著(つ)け、舌を挙げて上顎に向けよ。つぎに(後略)」
古い気を吐き出す方法は、平常の呼吸からいきなり口を開いて「ハーッ」と息を長く吐き出す。吐いて、吐いて、吐きつくす。最後にもう一押し「ハッ」と残りを全部出しきってしまうつもりで力強く吐き出す。「ハーッ・ハッ」という要領だ。息を吸うときは静かに鼻から行い、以後は口は閉じ舌を上顎に押し付け、鼻呼吸となる。この時からお尻の穴をキュッと締めるのを忘れないようにしよう。専門的には、提肛(※)という。息を吐き出す時、力んでしまうようであれば、口をすぼめて「フーッ・フッ」と吐き出す。
大切なことは、平常の呼吸からいきなり吐き出すことで、吐き出す前に深く吸い込んで準備してはならない。通常は3回程繰り返し、すでに息の調和がとれている時は、一度だけでも良いとされている。
慣れてくると腹をへこませる感覚がわかるようになるが、初心者の内は両手を重ね、臍下丹田の前に置き、下腹をへこませながら行うとよい。座禅の時や椅子に座っている状態であれば上半身を少し前に倒しながら行うと力を抜きやすい。また、立った状態であれば、膝も同時にわずかに折り曲げると上半身の力を抜きやすいだろう。腹筋と併せて横隔膜による内臓へのマッサージ効果は、肺の空気入れ替え、滞留した内臓の血液入れ替え、精神的なリセットの節目としても効果抜群だ。次回、番外編に続く。
※ 「太極者,無極而生,陰陽之母也」太極拳論・王宗岳著
※ 来氏太極図は、16世紀明朝時代の来知徳(來知德・号は瞿唐、1525年-1604年)の研究により作られた。下図の來瞿唐圓圖では円環内を上下に貫く黒白の2線は、陰が極まれば陽が生じ、陽が極まれば陰が生じることを表し、円環全体で気が永遠に循環する(生生して息まず)ことを示す解釈もある。
※ 中国仏教における天台宗第三祖(教学の大成者で開祖とすることも)の天台大師・智顗(ちぎ)により説かれた座禅のテキスト。止観とは仏教瞑想法の根本。止とは思念を静止させ、観とは観察する智慧を指す。岩波文庫などで手軽に読める。
※ 提肛とは、肛門(臀部ではないことに注意)を引き上げるようにすること。風船から空気が漏れないようにイメージするとよい。経絡で体の正中線にある任脈と督脈の起点と終点とつなぐ口訣とされる。Vol.5簡化太極拳雑話(後編)で述べた舌の位置(舌頂上腭)と本来セットとなる。道家ではこれで小周天といい、任脈・督脈に気を運行する準備とする。
※ 無極図→太極図を写真・無極式→太極式と対比しながら観ていただきたい。前回Vol.7と今回Vol.8の写真で套路の始まりである陳氏太極拳・老小架「起勢」を紹介している。Vol.7で一番最初の両手を自然に垂らし、両足を肩幅に開いて立っている状態を無極式。両掌を翻しつつ引き上げ息を吸い(ここまでVol.7)、次いで息を吐きつつ両掌を反転させ体を沈める(Vol.8)動作を太極式と分類している。
※初出 2021年4月6日 「HIROSHIMA PERSON」にて公開
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