Vol.42 外三合 三節 番外編(その4)

前回は、八卦を理解するために「構造」の面から観察してみた。
今回は、「変化する勢」の面から観て理解を深めていきたい。
文章の内容が煩雑と感じられる方は前回に引き続き、図をよく観察いただくとよい。
また、前回の「八卦生成図と古八卦図」も併せて観るとよいだろう。

■ 再び八卦に潜む三才

陽爻と陰爻は一陽一陰(または、一陰一陽)とも表現されるが、対立し分断しているだけでなくお互いが影響しあう関係でもある。
また陽爻の中にも陽だけではなく陰の性質がある。陰爻も同じように陰の中に陰と陽の性質をあわせもっている。太極の中から陰陽が生まれたように陽と陰はそこにとどまらず、さらにそれぞれから陰と陽に分かれ変化してゆく。これが次の発展へのエネルギーの元となる。
大地(陰)に育まれた種子がお日様(陽)の力で芽を出した瞬間は、まだ土(陰)の中である。その陽の力はまだ弱く、日の光を浴びて葉を繁らせ花が咲き実を実らせるのはまだ先の事である。

万物の根源である太極から一陽一陰が派生したものを両義という。その一陽一陰の両儀からさらに二個の陰陽が派生し、四個の符号ができる。これを四象という。四個の陰陽から更にそれぞれに一陽一陰が派生して八個の符号ができる。これを八卦(小成卦)という。
陰陽の爻(こう)が下から順番に三段に積み重なり、陰爻と陽爻の三つの組み合わせが八卦(はっけ)で、さらに八卦が2つ組み合わさり6つの爻となったものが六十四卦(大成卦)となる。 

■ 八卦の生成 
坎☵ 離☲を例として、八卦の生成を説明したい。坎と離は「水と火」「腎臓と心臓」などと象徴され、八卦の中でも重要な対比に位置付けられている。専門的には、「水火既濟」「心腎相交」「龍虎交媾」「坎離交媾」などという。

前回は「坎☵と 離☲」の構造を観たが、今回はこの二つの卦が陰陽から四象そして八卦へとどのように変化し生成していったのかを見てみたい。

坎☵は、下から①「⚋」+②「⚊」+③「⚋」つまり陰+陽+陰と積みあがっている。
陰「⚋」→少陽「⚎」 → 坎「☵」

離☲は、下から①「⚊」+②「⚋」+③「⚊」つまり陽+陰+陽と積みあがっている。
       陽「⚊」→少陰「⚍」 → 離「☲」 

坎と離の生成

①から②の四象はどうなっているのか。下の陰爻の上に陽の要素が積みあがったのが「少陽」(しょうよう)だ。

少陰(⚍)は第一段目の初爻の「⚊」陽爻に第二段目の二爻に少しの陰の要素が入った
少陽(⚎)は第一段目の初爻の「⚋」陰爻に第二段目の二爻に少しの陽の要素が入った

四象は、太陽(老陽/⚌)、少陰(⚍)、少陽(⚎)、太陰(老陰/⚏)である。
太陽は「陽の中の陽」で(老陽/⚌)の老は古いとか年齢を重ねて老いるではなく「いつも」とか「常に」「ずっと」の意味である。現代中国語で老の字はいくつもの意味を持っており老有は「いつもある」の意味。太陰は「陰の中の陰」で老陰ともいう。

■分筋搓骨法(擒拿)の技術体系~正手→破手→反手(※)

分筋搓骨法(擒拿)は、相手につかまれて拘束された場合、これを脱したり逆に相手を拘束してしまう。あるいは、相手が打ちかかって来た場合、こちらも打ち返すのではなく関節技を中心に点穴・閉気・裁脈・分筋・搓骨を用いて相手を制圧する。要は人間の弱い所を効果的に攻撃して相手を制圧する。体力の劣った弱者が体力に恵まれた強者の暴力を打ち破り、生き延びるための術として古来より珍重されてきた。

分筋搓骨法(擒拿)の技術体系には正手・破手・反手があり、基本を「正手」という。
正手には36種類の基本技術がある。正手によって制圧された相手が脱したり関節技等を用いて反撃する36の「破手」があり、36+36=72で「七十二把擒拿術」という。さらに反撃された「破手」を打ち破るのが「反手」である。「七十二把擒拿術」に36の「反手」を加えて合計108となり、鷹爪の名を冠して鷹爪一百零八擒拿術と呼ぶ。
鷹爪翻子門は、擒拿術を得意とした鷹爪門と打突・腿撃を得意とした翻子門が合体して一門となった門派である。お互いの優れた点と足りない部分を補足しあった門派と言える。

七十二把擒拿術 (正手+破手)
 正手(三十六拿)
 破手(三十六解法)

鷹爪一百零八擒拿術(正手+破手+反手)
 反手(三十六把)

孫錫堃派八卦掌 八大式
孫錫堃派八卦掌 八大式

分筋搓骨法(擒拿)の練習では両者の実力が拮抗していることを想定して、次々に反撃を繰り返していく。もちろん現実には両者の技量に差があるのでどこかで勝負がついてしまう。次々と反撃を繰り返していく部分は、上記の八卦の成り立ちが陰陽→四象→八卦と次々と変化し派生していく様と重ねて見ると興味深い。

私自身西洋哲学は門外漢であるが、ヘーゲルの弁証法と比較する妄想もおもしろい。
ヘーゲルの弁証法は、モノやコト(事物や命題)が「否定」を通じて再生成され、より高次の状態へと導かれる。これを止揚(アウフヘーベン)という。「正(テーゼ)」「反(アンチテーゼ)」「合(ジンテーゼ)」という言葉を用いたり、「命題(正)」「反対命題(反)」「統合した命題(合)」と表現する。ここで擒拿の技術がヘーゲルの弁証法と同じだといっているのではない。命題を否定して「反(アンチテーゼ)」を導き、そこからさらに否定することによってさらに発展し議論を高めようとする人間のエネルギーを擒拿の正手・破手・反手を用いて戦いの中で生き延びようとするイメージと重ねて観ている。また、八卦も上記の「坎☵と 離☲」の例で示したように陰陽・四象・八卦へと生成発展しようとする大自然や宇宙のエネルギーと似ていると感じるからだ。本ブログのVol.31にある「過渡式の勢」のエネルギーも併せて想像いただきたい。弁証法によって議論がより高次元へ導かれるのと同様に、中国武術の擒拿では二人一組で交代しながら「正手」→「破手」→「反手」の練習を通して修行者自身の技量が高められてゆく。

孫錫堃派八卦掌 老八掌
孫錫堃派八卦掌 老八掌

鷹爪翻子門の分筋搓骨や擒拿術は他派でも同様の技術が存在し、名称も様々で卸骨法(秘宗門)、節拿抓閉法(太極門)、地煞手・粘拿跌法(八極門)と呼ばれる。正手・破手・反手の体系は各門派にも存在しているが鷹爪翻子拳が特に優れているとされる。八卦掌が他の門派と異なり特異な門派となったのは、修行課程が正手からではなく破手から入る点にある。八卦掌の伝承者が過去に習得した門派の破手を集めて自己の八卦掌の技術に還元し止揚(アウフヘーベン)したといえる。八卦掌の套路の表現として相手に制圧されたり、拘束された状態を見ることができる。(写真参照)
中国武術は、技術自体も次々と派生と発展を繰り返したが、技術だけでなく門派自体も八卦の陰陽→四象→八卦の生成同様、相互作用による派生と発展を繰り返しながら今日に至っている。

【中級者の数息観】(続き)
初心者用の数息観と異なる点は息の数え方で、前回次のように説明した。

普通の呼吸で息を整えてから息を吐きだす。息を吐きながら
例えば「一つ(ひとつ)」の時は、息を吐くときに「ひとぉ~~~」と伸ばしていく。
息を吐き終わると、次に息を吸いながら「つ~~~」と数える。

重要なポイントがもう一つある。息を数える時、声に出さず頭の中で音で数えてはいないだろうか?中級は音ではなく絵(画像)で数を数える。

三体式数息観
三体式数息観

気の貯蔵庫である丹田と直結した管(気道)を通して気の出入を行うとイメージする。丹田から古い濁った気が、イメージされた気道から鼻を通じ大宇宙に放出される。次いで大宇宙に充ち満ちたエネルギーが鼻から吸い込まれ、気道を通じ丹田に集まる。
一回目の呼吸で「ひと~つ」となる。
数を数える時、「ひと~つ」という音ではなく丹田から出ていくピンポン玉ボールをイメージする。息を吐く時、呼吸に合わせてボールが気道を上昇し、鼻から出てゆく。
気のボールは鼻先から一メートル程先まで空中を漂う。息を吐き終わると、今度は息を吸いながら気のボールは鼻先から喉へ気道を通り、丹田に収まる。ここまでが一呼吸である。気のボールは連続して二回目、三回目の呼吸に合わせて体から出てゆきまた戻ってくる。
気のボールは最初絵に描いたボールで二次元のかもしれない。慣れてくるとボールの表面に 一、二、三、四、五と数字を描いてもよい。これを途切れることなく連続してイメージし続けることは最初は難しいだろう。しかしこれを地道に訓練してゆくと次第にボールが立体的になり、さらに鍛錬をすすめると空中にイメージを超えた凝念の塊のように感じ取れるようになる。

このような練習を仏教では「行法」や「観法」などという。武術では意念の訓練の一種として伝えられている。

【注釈】
今回、専門用語が多かったので、参考としてふり仮名を下記に記す。元は中国語読みであるが、日本語の音読みの一例として参考になれば幸いである。
内家(ないか)・外家(がいか)、套路(とうろ)、八卦掌(はっけしょう)、鷹爪翻子拳(ようそうほんしけん)、分筋卸骨法(ぶんきんさこつほう)、擒拿術(ちんなじゅつ)、卸骨法(しゃこつほう)、節拿抓閉法(せつなそうへいほう)、地煞手(ちさつしゅ)、粘拿跌法(ねんなてっぽう)、正手(せいしゅ)・破手(はしゅ)・反手(はんしゅ)行法(ぎょうぼう)、観法(かんぽう)、一百零八(いっぴゃくれいはち=108の中国語表記)

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