Vol.37 外三合 エネルギーの統一 三尖相照(後編)

「三尖を相照らす」とは、三つの尖端を揃えることにより力の集中をもたらすことである。この三尖相照の効用を陽(攻撃面)と陰(防御面)の陰陽思想からみることができる。

【攻撃面からみる三尖相照】
三尖相照は、攻撃の極まる到達点である。全身のエネルギーの統一する瞬間のポイントを指す。逆に分散して腕の力だけで打つ事を俗に「手打ち」という。
太陽光のエネルギーを虫眼鏡を使い角度と方向そして距離を合わせることによって一点に集中することができる。平行な太陽の光を凸レンズで集めると、焦点に置いた紙が黒く焦げ始めついには発火する。同様の原理で火災が発生することを収斂火災(しゅうれんかさい)(※1)と呼ぶ。
光のエネルギーを束ねて収束するように三つの尖端を相照らすのが三尖相照の口訣である。攻撃の瞬間は、三つの尖端を揃えるだけではない。相手を打つ時に接触する手や足の尖端の一点に集中して全身のエネルギー=重心を乗せている。
私も初心者の頃から三尖相照にて外面の形を揃えると同時に内面では光のエネルギーを束ねて集中するイメージを大切にしてきた。外面と内面を合わせることで外三合と内三合を合わせた六合を意識した。さらに高度なレベルでは形意拳において「束展」といい、勁力のエネルギーを束ねてから展開し発する口訣もある。

中国武術の攻防は末節の手や足だけでなく相手との距離によって中節や根節を用いることも多い。極めて近い間合いの接近戦で用いる中節(肘あるいは膝)は非力な女性でも実効性の高い強力な武器となる。
中節としての肘は、相手の誘いや要求を強くはねつけることを「肘鉄を食わせる」あるいは「肘鉄砲を食わせる」と表現するように、武術に限らず身近な体の用い方といえる。
根節としての肩や跨(股)を攻撃として用いるのは一般にはあまり知られていない。「体当たり」がせいぜい知られているところだろう。肘撃が一点を突き刺すような鋭い衝撃であるのに対して肩を用いた攻撃を靠(こく) といい、重たく全身を震わせるような衝撃波が特徴である。陳氏太極拳では、善靠(靠撃にすぐれた達人)として陳敬柏(陳氏十二世)、善肘(肘撃にすぐれた達人)に陳継夏(陳氏十二世)が陳一族の間で語り継がれている。他派では、八極拳や河南派形意拳(河南派心意六合拳)も肘靠が優れた門派として知られている。八極拳には、三尖相照に似た訣語として三盤合一がある。
肩と相対する根節に跨(股)がある。八卦掌(※2)の暗脚(隠された腿撃)として跨打(こだ)が存在している。

得物に身を隠す
得物に身を隠す

【防御面からみる三尖相照】
防御面では、三角という形の持つ特性により、相手の攻撃に対してしっかり支え、自己の身体はゆらぐことはない。これは相手と真正面からぶつかり、力比べをすることを指しているのではない。
船が水をかき分けて進むように尖端が進む方向を切り拓いてゆく。あとは自然に側面を通り流されてゆく。このときの船体は、水圧に押しつぶされることなく、しっかりと船体の形状を支えている。三角の形の持つ特性を用いて尖端で切り開き、押しつぶされず圧力を分散させている。
攻防においても相手の強大な攻撃に対して押しつぶされることなく、逆にはじき返すくらいの態勢を保つ必要がある。力を分散させる形状は六角形のハニカム構造が有名だが、自らの身体を使って最も簡単に強い構造は三角形を用いることである。

図1~刀剣交叉
図1~刀剣交叉

「中心を護る」「得物の陰に身を隠す」
三角形の尖端を中心に合わせることを防御面では「中心を護る」といい、「得物の陰に身を隠す」とも表現される。得物とは武器のことで、写真1をご覧いただきたい。棍で中心を護る防御の原理を指しており、「刀中蔵」や「拳中蔵」などと表現されることがある。ただし「得物の陰に身を隠し」「中心を護る」という「構え」ではなく攻防上の原理として捉える必要がある。
相手も当然自己の中心を護ろうとするが、攻防の駆け引きの中で相手の「中心を取る」ことによって有利な立位置とすることができる。
自らの中心を護りながら相手の「中心を取る」イメージを図1~3で説明しよう。
右が自分(私)で左が対峙している相手である。
図1~3は日本刀が交叉しており横から見た映像的な図、三角形は両者を真上から見たもので構造を示した図となっている。
図1の日本刀を交えた図と下の三角形の図を見て、ご自身で対峙していると想像していただきたい。接近して日本刀が交叉しお互いに切っ先が向き合っているのであれば、相討ちとなってしまう。日本刀でなくとも実際にお互いが木刀や竹刀を持って対峙してみると、相討ちとなってしまう感覚はよく理解できるだろう。
図1から3の日本刀の交わった図では外見上はほとんど同じだが、下の三角形では変化の構造を観ることができる。
図2の三角形はすでに私(右)が自分の中心を護り、相手(左)の中心を取っている段階を示している。
図3の三角形で左の相手方は、私に向かって進んだり力を入れるほど相手の切っ先は中心から外されてしまう。

図2~刀剣交叉
図2~刀剣交叉


相手は自分の中心を護っているつもりで、いつの間にか自らの中心を取られていることに気がついていない。この状況を把握するには ①私から相手を観た視点 ②相手から私を見た視点 ③全体を俯瞰した視点という三つの視点を普段から心掛けることが必要である。②の視点には、相手から私がどのように映っているかという視点と同時に相手はどのように感じているかを想像する感覚が必要である。③の視点は、全体を俯瞰すると同時に相手からではなく上から私を第三者的に観察する視点を含んでいる。三つの視点の中には図1~3の日本刀の交叉のようにありのままを写実的に見る視点と三角形の図のように抽象化し構造を観る視点も必要である。個々の具体的な技術に対するコツを知ることも大切だが、多層的な三つの視点も大切だと考えている。中国武術の用法練習でも仕掛けと受け手に分かれているのと同じように剣術では打太刀と使太刀がありそれぞれの役割がある。教授の際、老師に用法を掛けていただき、倒される側の状態を体験することは理想的な用法の理解だけではなく用法の作られた意図を理解することにつながる。用法も用いる修行者の熟練度によって効果は大きく異なる。上記の三つの視点を同時に実現することは難しいので三人一組でそれぞれの役割を練習するとよい。

図3~刀剣交叉
図3~刀剣交叉

「合撃打ち」(がっしうち)
三尖相照を攻撃面と防御面の別々に考察したが、次に三尖相照の攻撃面と防御面が一体になった技術を観てみたい。日本古武術の剣術流派として知られている柳生新陰流に合撃打ちという術理がある。
合撃打ちとは、お互い上段(雷刀という)から同時に相手の正中線を斬り下げる技である。第三者から見ると相討ちにしか見えないが、術理を会得することによって勝利を得ることができる。一般的な攻防は、受け手から反撃する、先手を取って攻めるなど攻撃と防御を別々に考えているが、合撃打ちは攻撃面と防御面の三尖相照の技術を複合的に用いている。一見摩訶不思議な技術に見えても、実は基本の技術の積み重ねである。もちろん「合撃打ち」は三尖相照だけの技術で成り立っているわけではない。
形と意(形意)・虚と実(虚実)・機といった術理を以って「あらかじめ勝ちを制して」臨むため、「勝負は既に決している」と言える。

【註釈】
(※1)収斂火災の原因となるのは、虫眼鏡のようなガラス球だけでなく、ステンレス製のボウル、ペットボトルの他、窓硝子や車のフロントガラスに貼りつけた吸盤等身近なものも多い。日射しの強い夏場だけでなく太陽高度の低い冬場でも、空気が乾燥している上に部屋の奥まで日光が届くために収斂火災に注意が必要である。

(※2)八卦掌は、董海川(1797~1882)によって創始されたとされる。拳よりも掌を用いる技術に特徴があるため、八卦拳より八卦掌と呼ばれることが多い。八卦を冠するように易学の八卦を八技法に置き換えたと説明され、中国武術の粋を集め昇華したといえる。董海川は、当時一流の武術家として名を馳せた形意拳の郭雲深、楊家太極拳の創始者・楊露禅とも交流があり、近世の中国武術界における巨星である。

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