Vol.34 外三合 エネルギーの統一 「三歩の工夫」

力の方向を決めるのが「形」であり、そのエネルギーを支えるのが「勢」(※1)である。さまざまな見方はあるが、私は「形」と「勢」こそ勁を解き明かす本質であると考えている。
そういった意味で外三合は勁を構成する要素のひとつだ。

外三合の原文を紹介したい。

「外三合指,手與足合,肘與膝合,肩與胯合」

日本語訳としては、
「外三合とは、手と足が合い、肘と膝が合い、肩と胯(股関節)が合うことである」

いかがであろうか?

一見しただけでは何のことなのかさっぱりわからない。
外三合は内三合と合わせて六合で、中国武術の多くは六合を重視しているといえる。六合を重視する門派は、外三合に対してどうアプローチしているかみてみたい。
門派名に六合を冠したものに「六合拳」がある。また、とくに内面(内三合)の心意に注目したものが心意六合拳(心意拳)である。さらに心意六合拳を源流としながら「形」を整えることを特に重視し、その重要性を門派名に冠したのが「形意拳」である。

形意拳 五行拳 鑽拳①
張占魁派形意拳 五行拳より 鑽拳①

「合」というキーワードでそれぞれの門派名をみると六合拳、心意六合拳、形意拳も内側と外側を合致させる内外相合を重視した門派であり、門派を形成する技法は異なっていても追求する目標は同じだ。

内三合は内面の心・意・気、外三合は外面の手足・肘膝・肩胯(股関節)を指すが、六合に対するアプローチに対して形意拳の稀代の名人・郭雲深は、「三歩の工夫」の訣語を伝えている。(三歩とは三段階の意)

三歩の工夫 易骨・易筋・洗髄

三段階の工夫(くふう)の中で最初に注目すべきは、「易骨」である。
三歩の工夫の「易骨・易筋・洗髄」は、嵩山少林寺伝承の易筋経・洗髄経を由来としていることは明らかであろう。インドより達磨大師によってもたらされたという伝説に基づくもので、外面へのアプロ―チの易筋経・内面への洗髄経は、三歩の易筋・洗髄に対応している。それでは、易骨とは何か?といえば、易筋経に限らず中国古来の神仙思想にその淵源を見ることができる。

「一年易気、二年易血、三年易精、四年易脈、五年易髓、六年易骨、七年易筋、八年易發(毛髪)、九年易形」

郭雲深は、こうした身体へのアプローチを武術的観点から「易骨」を第一段階に位置づけた。「易骨・易筋・洗髄」を三歩の工夫としてまとめた視点は、慧眼の至りである。さらに三層の道理・三種の練法(※2)とセットにした構想力には脱帽する以外にない。「三」という数字は、私たちが直感的に物事を把握する上で極めて重要である。
易とは簡易とか容易の「やさしい。やすい。てがる。やすらか。」ではなく、「改易」「交易」「不易」などを意味する「かえる。かわる。とりかえる。」を指している。工夫=功夫(カンフー・クンフー)という積み重ねられた時間によって技量と力を得る事ができる。

「易骨」の段階で骨格のポジション(位置)を意識し、調整する訓練を行う。自分の重心を感じ、動ける身体の基礎をつくることで次の段階の「易筋」へとつなげることができる。

スポーツをはじめとして身体に対する鍛錬あるいはトレーニングでは、筋肉に注目し筋肉トレーニング、略して「筋トレ」が現代では百花繚乱である。多くの人が健康維持にダイエットやアンチエイジングとして「筋トレ」に関心を寄せている。同様に武術における「勁」の探求においても筋肉の使い方や鍛錬は非常に重要である。しかし、「三歩の工夫」では「易筋」よりも最初に「易骨」へアプローチし工夫すべきと説いている。現代であれば「骨トレ」であろう。

何故、郭雲深が最初に「易骨」を位置づけしたかについて「中国武学への道」Vol.19~23で用いた「日本刀の姿」「リラックス」「刃筋」というキーワードを通して私なりの解釈をしてみたい。

易筋経 韋駄献杵
易筋経 韋駄献杵
易筋経 摘星換斗勢
易筋経 摘星換斗勢
易筋経 臥虎撲食勢
易筋経 臥虎撲食勢

「骨」に対して日本人であれば「コツ(骨)をつかむ」と説明すればわかりやすいだろう。
骨が身体を支え、筋肉で骨格を調整し、関節によって重心を運ぶ、これは「形が決まる」「格好が決まる」ことが重要である。この「決まる」とは服装の着こなしを指すことが多いが、ここでは姿勢や動作を指す言葉として使いたい。ぴたりと合っていて、見事としか言いようがない様子だ。「姿(すがた)」の見事な調和が求められる。これについて私は、以前のコラムで触れたように日本刀の「実用性」「機能美の極致」とも言うべき「姿」(※3)にイメージを重ねている。
「勁」を強くするだけでなく精妙にするためには「形」を整えることが重要である。骨の方向、関節の角度を整えることが形を整えるということだ。

勁とは、心身の使い方だけでなく様々な能力を包括している。いずれの技術や能力も、より精妙であることと言える。精妙であるための前提条件が、滞りなく力を伝えるための脱力であり、リラックス(※4)である。
しかし、脱力しただけでは何のエネルギーも生み出さない。
力の方向と角度が精妙であることによって技に「冴えと切れ」が生じる。刀の切れ味を最大限に発揮するために日本刀では「刃筋を立てる」(※5)と表現する。形を整えると同時に力の方向を精妙にコントロールするのが「骨」の役割であり、外三合の手足・肘膝・肩・胯(股関節)の関節の使い方である。郭雲深はこの役割を「易骨」と位置付けたのだと私は考えている。

形意拳 五行拳 鑽拳②
張占魁派意拳 五行拳より 鑽拳②

「精錬された力=勁力」と対極にあるのが「蛮力(ばんりょく)」である。蛮力とは、日本語で説明される「常人には考えられないほどの強い力」つまり怪力ではない。「考えなしに発揮する腕力」つまり「決まった方向性を伴わない力」を指している。本来強い筋力を持って生まれた素質のある人でも競技に合わせた正しいトレーニングを行わないとレベルの高い世界では、どこかで限界を感じてしまうだろう。強い筋肉や優れた体格の持ち主でもピークの時期は若い時の一時期で、年齢を重ねると次第に衰えて、維持は難しい。太極拳をはじめとする中国武術は、筋力や体格の恵まれた強者のためにだけあるのではない。命をつなぐためのサバイバルの技術といえる。本来、力のない弱者が強者の蛮行(蛮力)を打ち破るための術理が武術であり、術理や道理を学ぶことが中国武学である。

【註釈】
※1「勢」:精妙な力 Vol.19 外三合 勁によるエネルギーの統一 (その一)
※2 三層の道理・三步の工夫・三種の練法
三層道理 練精化氣 練氣化神 練神還虛。
三步工夫 易骨 易筋 洗髓
三種練法 明勁 暗勁 化勁

※3「姿」:日本刀の姿形(別名「体配」(たいはい)
   Vol.21 外三合 日本刀の鍛錬からみた勁の特徴(その三)
※4「リラックス」:Vol.23 外三合 脱力と陰陽論(前編)
※5「刃筋を立てる」:Vol.22 外三合 番外編 日中刀剣小考
(※1、3~5は「中国武術への道」Vol.19~23に対応しているが、再掲載されるまで今少しお待ちいただきたい)

※5 インドの仏教僧・達磨大師は嵩山少林寺での面壁九年の末、悟りを開いたとされる中国禅宗の始祖。日本人には、雪ダルマ、ダルマさんがころんだ、ダルマ落としなど、ダルマさんとして馴染みが深い。
禅宗の教えを授ける際に、少林寺の僧侶たちの体力が無いために精神を鍛えることが出来ないことを嘆き、身体の筋骨を堅固にし、内面の情欲や穢れを洗い清めて強くする秘法、易筋経・洗髄経を授けたとされる。武侠小説においても、任督二脈に気が通れば換骨奪胎し神功を得る、などと書かれ、奥義をめぐる争奪が描かれた。
嵩山少林寺に伝わる由来によると、「東方のものではなく、西方から伝わった妙義」と記されている。インド仏教由来であればヨーガの伝統のはずであるが、道教の神仙思想が反映された内容であり、達磨が伝えたのがインドのヨーガ(瑜伽~中国語の音写)の系統かどうかは不明である。嵩山は、中国禅宗総本山であると同時に道教の五大名山(五岳~東岳泰山・南岳衡山・中岳嵩山・西岳華山・北岳恒山)の一つなので易筋経・洗髄経が瑜伽だけではなく、神仙術の影響が色濃いとしても何ら不思議はない。後世の偽書であるとする説もあるが、易筋経には近年注目されている「筋膜」に対する記載がある。同書の冒頭の総論に続いて「筋膜論」があり、古人の人体に対する見識は驚くべきといえる。また、易筋経・洗髄経がセットになっていて外面と内面は相互依存していて切り離すことができない点も見逃すことができない。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました
inserted by FC2 system