Vol.15 内三合 内なるエネルギーの秘密(その六)

武術における内三合を「内なるエネルギーの秘密」と題したシリーズで今回は、総まとめ「気」の後編、中国武術における「気」(※1)がテーマだ。「気」について漢字の成り立ちから紐解くと遠回りのようであるが、実は本質にせまる近道だ。「気」は、本来「氣」(異体字「炁」)が正字(旧字体)であり、それ以外は略字である。日本語では「気」、中国語の簡体字では「气」となる。

気の漢字成り立ち (引用:「汉字密码」(P266、唐汉著,学林出版社))

中国では古来より、大自然も生き物であり、呼吸していると観た。身体活動と同じように生き生きとした生命力を感じ取った。風は、大気の呼吸の流れであり、呼気が凝結して雲や霧になり風となって巡っている。「氣」の成り立ちは次の説が有力である。春秋戦国時代以前の古代において、雲気つまり空にたなびく雲や霧を大気の凝結と観た。「湧き上がる雲」の象形から、立ち昇る上昇気流が動くさまを横三本の「三」のような字体で表わし、次第に「气」の字に変化した。さらに穀物を炊くときに立ちこめるもやもやとしたもの、蒸して蒸気となる元の「米」と「气」が合わさって「氣」になったという。古代の人々は自然の変化を観察し、それらを単なる現象ではなく何らかの意味付けをしつつ文字を創り出したといえる。

雲がたなびく様子の図        山から雲が沸き上がる様子の写真

一方で、人間は息をすることで生きているという素朴な経験から、呼吸による空気の流れを大自然(=大宇宙)の風と見立てた。気の循環によってエネルギーが内側から満たされ、生き物としての生命力や元気を与えられていると観た。食物も重要なエネルギー源であるが、呼吸はより短時間で生命維持活動に直結している。そこで、そもそも人間を活かしているものが「気息」であるという概念が生まれ、さらに生命的な力としてのニュアンスが強まっていった。そして人間を大宇宙(マクロコスモス)に対し、小宇宙(ミクロコスコス)として心身の全てが、星や自然現象と相対していると考えるようになった。大宇宙の完全性を人間も兼ね備えており、小宇宙としての人間は大宇宙(大自然)と一体となることができると考えた。道家の「道」(タオ)または、神仙術の誕生である。

「氣」の異体字に「炁」がある。この字は、神仙術の世界では特別な意味を持っている。「氣と炁」について、「後天と先天」、「有感と無感」と対比させ、神仙術の修行においては、呼吸を表わす導引吐納により体内に氣を感じそれを養う。そして、意念により氣を誘導し運んで行く。これを運氣・行氣という。さらに氣を精錬(鍛錬)純化させ、感覚を超えた無感の状態を「炁」という。父母より生を受けた後天より、神仙術の修行を通して本来の先天に帰するというものだ。

中国武術において気を理解するには呼吸から入るのが最も近道で、呼吸こそが唯一の手掛かり考えている。気と息(呼吸)の結びついた「気息」を重視し、呼吸を繰り返すことにより次第に大宇宙の気のエネルギーが体に充ち溢れる。「米」を蒸すときに湧き上がる蒸気や湯気のように身体も「血湧き肉躍る」という状態となる。血液より湧き立つエネルギーを気と捉え、血液の流れと結びついた状態を「気血」という。「気血」は、全身に行き渡って活性化し、五臓六腑にも運ばれ、ぞれぞれ独特の気を発するようになる。後の五行思想の原型にもなった。ちなみに前回、柳生宗矩は「血気を抑えるべき」と捉えたが、中国武術では「気血を燃やす」と表現している。同じものを二方向から捉えているのが興味深い。

普段は、無意識に呼吸しており、あまりに自然なことなので呼吸をしていることすら忘れているだろう。しかし、呼吸を鍛錬した者にとって気は、呼吸によって取り込まれた内燃機関の燃料であると体感できる。意念により体内に気を巡らせ、意図したところに集中させるという感覚もあるが、体内に燃やした気は、揺蕩う(たゆたう)ものとして発せられ、身体を動かしていくエネルギーとなる感覚として実感できる。しかし、気の発露がどのような身体感覚を生じるか、人により様々なので固定観念化してはならない。こうした感覚について武術家は黙して語らず、書物に記されることは稀であった。貴重な先人の遺した体験を紹介したい。清末民初の近世中国武術界における最高峰の達人、孫禄堂(そんろくどう)(1861~1932年)の著わした『拳意述真』の最終章で「練拳の経験」を述べている。気の感覚の部分のみ抜粋して紹介しよう。「毎日一つの技を練る。停式となって姿勢を正し、心中の神気を一つに定める。すると下部の海底(会陰穴=陰蹻穴)の辺りに何かが萌えて動き、あふれ出そうな感覚もあった。煉丹の書に記された坐功体験にある『真陽発動』である」。ここで「何かが」とは気のことである。さらに数段階を経て、究極の至誠の道、至虚・至無の境地に至る体験が記されている。

呼吸による気のエネルギー鍛錬への重要なトレーニング法の一つが站樁(※2)という練功法である。站椿にも様々な形式があるが、今回は最も基本的な立正式站樁(※3)を紹介したい。無極式の写真を見ながら、真似して試行錯誤してみよう。姿勢には多くの口訣があるが、まずは「あやつり人形」のように糸で頭の天頂(百会穴)(※4)を通してスッと吊り下げられているとイメージするとよい。

百会会陰と陽陰の関連図

練習(練功)の手順は、濁気吐納(※5)を2~3回繰り返し、站椿を行い、足が疲れてギリギリまで限界になったら姿勢をゆるめ甩手を行う。甩手で体をほぐし、站椿と甩手を繰り返す。腕を前後に振る甩手をVol.12 内三合(その三)で紹介したが、ここでは、背骨あるいは、図のように百会と会陰を結ぶ線を軸として「でんでん太鼓」をイメージし、腕を左右に振ってみよう。ただし、ぶらーんと、ゆっくりがポイント。これは初歩的な方法なので、改めて進んだ段階の甩手は、別な機会としたい。

練功の手順(一例)~濁気吐納→站樁→甩手→站樁→甩手 

呼吸法は、前回紹介した呼気(吐く息)にだけに意識を集中する方法でもよいし、最初は自然呼吸でかまわない。腹式呼吸にチャレンジするのは慣れてからでよい。自然呼吸のみを教える一派もある。

立正式站樁

呼吸をやや深く、少しゆっくりから始める。呼吸とともに緊張を解き、静かに柔らかく、そして注意深く、自分の呼吸の空気の流れや音にも耳を傾けてみる。次に呼吸をしながら、ヘソの下2~3㎝位から体内の奥に直径10㎝程度のオレンジ色で温かい球体をイメージしよう。これを臍下丹田といい、小腸の中にあると思えばわかりやすいだろう。数呼吸してから、丹田から鼻に至る管をイメージしよう。もちろん科学的には、肺を通して酸素と二酸化炭素のガス交換でエネルギー代謝を行っている。

站樁では、気の貯蔵庫である丹田と直結した管(気道)を通して気の出入を行うとイメージする。丹田から古い濁った気がイメージされた気道から鼻を通じ、大宇宙に放出される。次いで大宇宙に充ち満ちたエネルギーが鼻から吸い込まれ、気道を通じ丹田に集まる。呼吸のことを古くより吐納ともいうがこれは吐故納新の略で、古いもの(故)を吐き出して新しいものを入れる(納)ことを指す。寒いときなどは、球体の代わりに鍋に水を入れ、下から火をコンロ(火鉢)を置き、イメージで温め沸かしてみよう。呼吸を続けると次第に体全体が温まってくるはずだ。慣れるに従い一回に立つ時間も1分→3分→5分→10分→20分 と伸ばしてゆく。

【注釈】

※1 「気」の世界は、非常に多岐にわたり、大雑把に人間・自然・原理にわけることができるが、全体像を語ることは容易ではない。今回は「気」の世界のアウトラインのみ記しておきたい。中国の春秋戦国時代の諸子百家は、古代の大自然や天気に関する「気」のとらえ方から次第に「宇宙や世界や人体にはたらくエネルギーの流動体のようなもの」と考えた。『論語』では「少(わか)き時は血気いまだ定まらず」とあり、「気」を「血の流れ」として捉えている。

『孟子』では、「志は気の師(すい)なり、気は体の充(じゅう)なり」とし、「我は善(よ)く浩然(こうぜん)の気を養う」天地の間に満ち満ちている非常に盛んな精気のことをいう。俗事から解放された屈託のない心境といえる。その後、「気」が呼吸としての気息をあらわし、呼吸をすることで「血気」や「浩然の気」が出入りし、「気」を養うこともできることを意味するようになった。次に、老荘思想の登場によって、「気」はタオ(道)のあらわれとみなされ、タオが一を生じ、その一が陰陽の二気を生じて、その二が三となって万物が化成するという、タオイズムの根源思想(一元二気万物の世界生成論)が生まれた。

〇注釈部分の参考文献「気の思想―中国における自然観と人間観の展開」小野沢 精一 ・福永 光司・山井 湧 ‎ 東京大学出版会「氣の研究」黒田源次 東京美術

※2 站樁(Zhànzhuāng)日本語ではタントウだが、私の一門の中ではタンチュンと呼んでいる。樁の字は、右下が臼で、椿(つばき)ではない。私の習った系統では、站樁を基本の養気とし、套路は運気・行気としてその延長線上にあるとして重要な位置づけをしていたが、これが普遍的なものではないことをご理解いただきたい。同じ太極拳という門派でも站樁を否定する系統もある。それは各系統の伝承において何が重要かを取捨選択した結果であり、有るから優れていて無いから劣っているという見方は、厳に慎まなくてはならない。

※3 立正式とは、馬に跨(またが)ったような比較的高い姿勢。立ち方を架式(かしき)といい、立正式(りっしょうしき)も馬式に含まれる。無極式の立ち方を特別に立正式という。馬式(ばしき)は、馬歩(まほ)とも言う。

※4 百会穴(ひゃくえけつ)とは、頭頂部にあり、五つの経絡とつながっている非常に重要な交会穴。図で示したように人の身体を太極図に見立てた場合、百会は会陰と対(つい)の関係、それぞれ十二支の子午、八卦の乾坤( ☰ ・☷)において陽の極みと陰の極みに対応している。孫禄堂の記した海底(別称を陰蹻穴といい、陰蹻脈とは別)は、会陰穴のことで、肛門と性器の間のツボ。

※5 濁気吐納についてVol.8 太極拳と易(後編)参照。

※初出 2021年11月6日 「HIROSHIMA PERSON」にて公開

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