Vol.44 外三合 三節 番外編(その6)

■ 道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず「老子(第四十二章)」
一はなぜ二を生じるのか?二はなぜ四ではなく三を生じるのか?三は万物を生じるとは何を意味するのか?
太古の人々にとって三は「多い」「たくさん」あるいは完全と同義語であった(※)。大多数の未開の民族において数を数えるとき「一」・「二」稀に「三」までしか数名詞を所有しない。数を数える上でも「一つ」「二つ」「三つ(たくさん)」の概念は「数の概念」と同じように「三」よりも大きな数を認識する上で頭脳の飛躍的発達が必要となる。未開社会の人々は四以上の数はほとんど用いず、四・五・六・・・などの抽象概念が発達するには多くの時間を要した。
この「三」=「たくさん」の概念は、漢字の字体にも見受けられる。「品字様(ひんじよう)」という言葉をご存じだろうか。同じ漢字を「上に一つ、下に二つ」の形で三つ重ねた漢字のことである。例えば、「木」を見てみよう。一本の木が二つに重なり林となり、さらに同じ漢字を上に1つ重ね三つの木となると森(※2)になる。なお、「森」は、数えきれないほどの集合を示している。「森」を始めとして、例えば「品」「轟」など、三つの同じ漢字を重ねた漢字は、よりたくさんという意味に変化している。五行(木火土金水)においても私達日本人には普段なじみのない漢字があるが、五行それぞれに品字様の漢字が存在している。

一 木 火 土 金 水
二 林 炏 圭 鍂 沝
三 森 焱 垚 鑫 淼

ちなみに、『陳氏太極拳図説』の著者・陳鑫(陳氏十六世)の兄弟にはそれぞれ森・焱・垚・鑫・淼の名がつけられている。陳鑫の字は陳品三である。「品三」の名の由来も「品字様」を連想させる。

「三」は未開社会の人々にとって「たくさん」の意味をもっていた。漢字の成り立ちにおいても「三」が「たくさん」であることは未開社会の考え方を引き継いでいると思える。老子はさらに「三は万物を生ず」と説いている。わたしは「三が万物を生じる」について古代中国において易の八卦の思想とも密接にかかわっていると考えている。次に八卦との関わりを観てみよう。

■八卦とは
易経の繋辞伝によれば、「易に太極あり、是(これ)両義(りょうぎ)を生ず、両義、四象(ししょう)を生じ、四象、八卦(はっけ・はっか)を生ず。」とある。
まず太極(宇宙の根元・道・理)があり、①両儀(陰・陽)→②四象(太陽・少陽・大陰・少陰)→③八卦(乾/天・兌/沢・離/火・震/雷・巽/風・坎/水・艮/山・坤/地)となる。易の宇宙生成論においても「一 → 二 → 三 → 万物」と三回変化している。老子の考えと似ていないであろうか。この易の宇宙生成論と老子を合わせて観てみよう。

  老子         易
「道は一を生じ」  「易に太極あり」
「一は二を生じ」 「両義を生ず」
「二は三を生じ」 「四象を生じ」
「三は万物を生ず」 「八卦を生ず」

前回の新八卦生成図をご覧いただきたい。同心円が三層になっていて、次のように三回変化し八卦となることで万物に変化している。

第一層:太極から変化した両儀(陰陽)「」陽 ・「」陰

第二層:陰陽から四象 太陽 ・少陰・ 少陽・ 太陰

第三層:四象から八卦
(乾)・(兌)・(離)・(震)・(巽)・(坎)・(艮)・(坤)

① 陰陽太極図と古太極図
① 陰陽太極図と古太極図

陰陽太極図と古太極図を並べて比較してみよう。(図① 参照)
古太極図は、陰陽太極図と似てはいるが少し異なっている。
古太極図は四本の分割線で太極図を八等分し、それぞれ分割されたパーツを構成する陰と陽の割合が八卦に対応している。
次に八等分に分割された古太極図(図② 参照)をご覧いただきたい。

② 古太極分割図
② 古太極分割図

もう一度、「八卦」のそれぞれの陰陽の「爻」を復習しておこう。
易の卦を構成する二種の横棒(「⚊」陽 ・「⚋」陰)を「爻」(こう)という。陽はつながって一本となっており陽爻(ようこう)といい、 ― で表される。陰は真ん中が開いていて陰爻(いんこう)といい — と表わされる。それぞれの「卦」は、三層になった「⚊」と「⚋」で構成されている。

乾坤( )は完全な陽と陰、分割図では全て陽(白)と陰(黒)となっている。
兌艮( )は、それぞれ陽(白)または陰(黒)が強く円の中心に少しの陰(黒)または陽(白)がある。
震巽( )は、一番下の初爻は陽(白)または陰(黒)で、二爻三爻は逆の陰または陽となっている。
坎 離( )は間に初爻と三爻とは反対の陰(黒)または陽(白)を挟んでいる。分割された太極図を見ると円の中心に近い三爻に陽(白)または陰(黒)の芽(眼)を描くことで工夫している。図の上で、八卦の文字と卦の記号「(乾)・(兌)・(離)・(震)・(巽)・(坎)・(艮)・(坤)」が古太極図の外から中心に向かって配置されていることがわかる。

「八卦」は太極→陰陽→四象→八卦となる。「太極」は「太乙」(たいいつ~以下3つとも同じ読み)の他に太一・大一・泰一など古来よりさまざまな呼び方をされている。「一」は唯一・根元を表す語で「一」は「八卦」において1→2→4→8というように倍々となる。卵子と精子が受精した後、細胞分裂していく現象と似ている。(図③ 参照)(※3)

③ 細胞分裂 1~8
③ 細胞分裂 1~8

また、新八卦生成図は老子の説く「一 → 二 → 三 → 万物」いう三回の変化、つまり三層となっている。「一」は共通だが、八卦や細胞のように倍となる「2→4」と老子の説く「二→三」が多層的に組み合わさっている所が興味深い。中国武術においても一つの技法が多層的に構成されており、多角的に観ることができる。

■ 数息観の補足(その二)
数息観では、実修するとき「心意気」の中で特に「意」を内面で重視している。この時、「魔境」や「偏差」あるいは「走火入魔」(そうかにゅうま)という間違った方向にいかないよう注意が必要である。これらは内面において陥りやすい間違いである。ちなみに、外面で初心者が陥りやすい間違いは「三害」という。「初学入門三害。拙力。挺胸。提腹。」(※4)と伝えられている。

「努気」 気張って気を詰めたままにすること
「拙力」 身体を固めてムダな力を込めること
「挺胸提腹」 胸が張り腹内の気が上にあがって丹田の気が抜けること

怒気とは、精神的な内面と関わり、性格とも関係するが、怒りを伴うと呼吸が止まってしまうことも多い。感情の高ぶりを「顔を真っ赤にして怒る」「頭に血がのぼる」と表現しているが、実際に「怒り」の感情が私たちの体に影響を及ぼした結果が呼吸である。
拙力は、行動を起こそうとするとき、あるいは力を発しようとするときに身体の一部に力みを生じる癖(くせ)である。深呼吸をする際に首筋や背中あるいは腹部といろいろなところが固まってしまうことがよくある。
挺胸提腹は、現代人の私達には理解が難しい姿勢の要領である。胸を張り肚を引っ込めることにより、丹田を見失うと古人は説いている。

【註釈】
※1 『未開社会の思惟』上・下 レヴィ=ブリュル著 岩波文庫
   『未開民族の言語における数概念の表象について』薬師正男
※2 現代日本では、林と森は木の数の違いではなく、人の手が加わっているのが「林」、人の手が加わっていないのが「森」のように区別は数ではないとされている。

※3 中3生物【有性生殖】より細胞分裂の図をご厚意により提供いただいた。
https://chuugakurika.com/2018/02/08/post-1725/
※4 孫禄堂著 『八卦拳学』(又は、三害:挺胸。提腹。努氣。)

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