Vol.40 外三合 三節 番外編(その2)

1) 三才 天地人 (天→地→人) 時間系列

大宇宙に対して小宇宙としての存在が人間であるというのが「天人合一思想」である。
混沌とした宇宙から天が生まれ次に地ができた。天(陽)と地(陰)が和合し人(半陰半陽)が生まれた。天→地→人の時間系列の順番で「天地人」の三才としている。
大自然の中で人間は弱い存在で、災害や天候の影響を受けてきたため自然に対する畏敬の念が強かった。西洋では人という存在が自然と対立して自らの力で「生きている」という考え方が基本であったが、中国では大自然の懐のなかで「生かされている」という考えに至った。ちなみに日本では四季折々の自然の恵みが豊かで、人が自然の中で育まれているという考えを持っていいたため中国の考え方を自然な感覚で受け止めた。
中国古代思想では人(人間・小宇宙)の形と機能が天(自然界・大宇宙)と相応しており、本来人間は心身共に自然と一体であると考えた。さらに小宇宙としての人が大宇宙の天地と積極的に融合し一体化、つまり「天と合一すべき」であるとする「天人合一思想」に発展した。道家の『老子』にある「道」や「無為自然」、儒家の『中庸』にいうところの「至誠如神」も広い意味でこの思想を反映している。この他にも「無我」や「至虚」など様々な表現で伝えられている。

三才 三盤 三丹田 説明図
三才 三盤 三丹田 説明図

武術は「自分の強さ」を皆求めて修行するが、求めれば求めるほど「自分の弱さ」を突き付けられる結果になってしまう事もしばしばである。逆に「自分は強い」と自信満々のカタマリになったとしても、それは一時のことで次第に隙とほころびを生じてしまい危険にさらされてしまう。
私は、過去の武術の先人達も「自分の弱さを受け入れる」所から本当の武術修行が始まったと考えている。自己の弱さを知り、用心深さと細心の配慮の大切さを知ることで恐怖を克服したのが第二段階である。その上で第三段階として自分を捨て去ることのできた境地が「天人合一」を会得したといえるのではないだろうか?Vol.13 内三合 内なるエネルギーの秘密(その四)で紹介した「無拳無意」にも通じている。初学者が一足飛びに「無我」や「至虚」に到達することはない。一歩一歩具体的な技術を習得し実践する段階と経験を経て初めて獲得できる境地である。
形意拳・八卦掌・太極拳の内家三拳の達人・孫禄堂は著書『拳意述真』の中で9回『中庸』を引用した。同書の最後の第八章で「至誠之道。可以前知」を紹介し、眼で見て耳で聞く知覚の能力を最大限に発揮することで不測の事態にも対処できるのが「修練の虚の境地」だと説明した。さらに「至虚の境地」では見ざる聞かざるのうちに知覚する力を持つに至った究極の四人の武術家(※1)を紹介している。

2) 三才 天人地 (天・人・地) 空間系列

空間把握で分類すると「天人地」となる。上・中・下の三層で縦方向を見ている。東洋医学(※2)や占い(※3)の世界だけでなく中国武術にも三才の思想は大きく影響している。中国武術には「三盤・四面・五法」の訣語がある。三盤は天人地(上中下)、四面は前後左右(東西南北)、五法は貫頂・沈肩・含胸・鬆腰・調気の姿勢と呼吸の要領を示している。この口訣では「三」「四」「五」の数字を組み合わせている。
縦の垂直方向の分類は天人地(上中下)に三分割された三才の階層を指し、これを「三盤」という。
三才を時系列の「天地人」ではなく空間把握の「天人地」とし、「三盤」を天盤・人盤・地盤という。あるいは天人地を上中下とみて上盤・中盤・下盤などという。足腰のことは、「下盤の安定」「下盤を鍛える」のように地盤より下盤を使うことが多い。
上中下の分類は中国武術だけでなく空手でも上段・中段・下段と分類し、攻撃面の「突き」を上段突き・中段突き・下段突き、防御面の「受け」や「払い」を上段受け・中段受けあるいは下段払いなどというのも同様と思われる。
「三盤」は、攻防の中で自己と相手の身体を天人地(上中下)のように三分割しているだけではない。重心の移動や上中下の丹田への意念のコントロールなどさらに深く重要な位置づけをされている。

秘宗長拳 丹鳳別翅 (過渡式)
秘宗長拳 丹鳳別翅 (過渡式

門派の分類においても天盤・人盤・地盤が用いられることがある。

天盤系は天門系ともいい跳躍技や独立式などを多用する。
天盤系の門派の修行を続けるとしばしば周天法のルートが乱れ、経絡上の無理が生じて体調が崩れることがあるという。対策として、天盤系とは反対の地盤系の門派を併修することで周天法を調整したり、内功を併用することもある。秘宗拳の修行者が深呼吸を行いながら、ゆっくりした動作(慢練)で内功を修する套路として「秘宗長拳」が知られている。(写真参照)

地盤系は、自ら倒れたり地面を転がりながら腿撃技術を中心に仕掛けることを特徴としている。
地盤系は地躺系(ちしょうけい)ともいわれ、地躺拳という門派が代表的である。「躺」の漢字は、倒れる・横になる・横たわるという意味を持っている。人盤系は天盤・地盤の間で平均的といえる。
天盤系や地盤系の共通するところは死角から奇策を用い意表をつくことにある。また、柔道や合気道のような受け身もあるが、安全に倒れて頭を守る目的だけではない。受け身の形や動作そのものが攻防の技術になっている点は、実際に見たり体験しないと理解が難しいかもしれない。習い始めの時、自分の中で理解して来た常識が覆されるほどの驚きを感じた。もともとルールのない中で弱者が生き残る術(すべ)として発生したのも要因の一つだといえるだろう。

秘宗長拳 丹鳳別翅 (定式)
秘宗長拳 丹鳳別翅 (定式)

日本の国技とされる相撲を見慣れている方には、倒れるところから戦闘が始まる地盤系の戦い方は奇異に映るかもしれない。柔道でも相手を投げて畳に背中がついたらそこで「一本」となり勝敗が決まってしまう。畳に寝転ぶ状態で掛ける寝技として柔道にも袈裟固めや抑込技があるが、試合の最初から自ら倒れ込むシーンはあまり見ない。最近ではメディアでも柔術から派生したグレイシー柔術(≒ブラジリアン柔術)が試合で寝技を多用するシーンが知られるようになり、違和感は少なくなっているかもしれない。中国武術の地盤系に分類されている門派の中では酔八仙拳が日本で一番知られている。酔八仙拳の門派名にピンとこなくても「ドランクモンキー 酔拳」ジャッキー・チェン(成龍)主演(1978年制作の香港映画)であればご存じだろう。

三盤と門派

【註釈】

※1 
孫禄堂は他派の達人が伝聞のみであったため、知り得ることのできた同じ門派の四人の先師、形意拳の李洛能先生、八卦拳の董海川先生、太極拳の楊露禪先生と武禹讓先生を紹介している。著書『拳意述真』の中で『中庸』を引用して、人智を超えた「至誠之道」の境地を以下のように説明した。物事の吉兆や禍福の前兆を見たり聞いたりすることなく、前もって予知するのは神のようである。(中庸・第二十四章)
孫禄堂は『拳意述真』 の中で儒家や道家から多くを引用し拳術を論じている。
著書『拳意述真』では儒家の『中庸』以外にも『孟子』2回、『大学』4回、『論語』1回。道家の『老子』2回、『荘子』から3回引用し春秋・戦国を彩る思想家たちの才智と戦略の伝統を今に伝えている。
三才の「天人合一思想」の重要なキーワードとなる「至誠」について儒家の『中庸』と『孟子』の原文と訳を紹介したい。もう一つのキーワードとして道家の「無為自然」の参照先を紹介することで、興味を持たれた方へ参考になれば幸いである。

① 「至誠如神」
「至誠之道、可以前知」  至誠の道、以て前知す可し。
意訳「真心の極致は神のように、完全に誠を供えた(そなえた)人はものごとの推移を前もって予知することができる」
中庸・第二十四章 
至誠之道、可以前知。国家将興、必有禎祥。
国家将亡、必有妖孼。見乎蓍亀、動乎四體。
禍福将至、善必先知之、不善必先知之。
故至誠如神。
② 「至誠通天」
日本においては、明治維新の精神的指導者・吉田松陰が座右の銘とした「至誠通天」「至誠一貫」は孟子から引用したものである。
孟子の言葉「至誠にして動かざる者いまだこれあらざるなり」を併せて記しておきたい。「是故誠者、天之道也。思誠者、人之道也。至誠而不動者、未之有也。不誠、未有能動者也。」
意訳「是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、(誠をわが身に実現しようと思い、努力することは)人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者は有らざるなり。」
③ 「無為自然」
Vol.13 内三合 内なるエネルギーの秘密(その四)を参照
(あと数か月お待ちください)

※2
 三焦は現代西洋医学にはない考え方で、気と水(津液)の「通り道」を意味しており、あてはまる臓器はないとされる。横隔膜より上部が上焦で心・肺を含む。津液がなくなると喉が渇く。横隔膜より下部で臍より上部が中焦で、脾(胃)を含む。胃に熱がこもると津液が消耗され痩せてゆく。臍より下部が下焦で肝・腎に分布している。腎の水が枯れると尿に影響が出ると考えられている。いずれも「焦げる」ことに関連している。
人体にあてはめるなら三才は、「三焦」(※2)で、上中下に分けて「焦げる」の字を宛てて上焦・中焦・下焦とする。

※3
 姓名判断・観相学などの占いでも三才は重要であるが占星術のひとつ奇門遁甲は、三国志に登場する諸葛亮孔明が駆使したことで有名である。武術家の間では形意門の郭雲深が日常で用いていたことで知られている。奇門遁甲の流派も様々であるが天盤・人盤・地盤の三盤に神盤を加えて四盤とする流派もある。

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