Vol.46 外三合 三節 番外編(その8)

前回、「一刀は万刀に化し万刀は一刀に帰す」(「一」→「万」→「一」)や「招式→着法→招法」のなかに「三の構造」を観た。基本の技法から始まり、さまざまな知識と経験を経ることにより、初級から上級へと進化する。仮に外見上では基本の技法であったとしても上級者の技法は初級の段階にある者とは大きな隔たりがある。さらに昇華し変質すると絶招とよばれる渾身の一手に帰結し、到達する。

太極剣
太極剣

[一刀に帰す」あるいは「着法に習熟して招法に至る」ためのアプローチには二通りの見方がある。前回示したように、受精卵は細胞分裂を繰り返し細胞が集まり組織となる。組織が集まり器官を形成する。神経細胞や筋肉・骨や臓器が集まりやがて一個の個体として生命体となる。「一刀は万刀に化し、万刀は一刀に帰す」に照らせば、「一刀に帰す」とは一個の生命体のように統合された状態をいう。
もう一つは彫刻のイメージである。原木から造り出そうとイメージする形を削り出し、作品として命を吹き込む。作品としての形を最初からイメージし、下絵や荒彫りを経て作品となる。ルネサンス時代のイタリアの天才ミケランジェロが以下のような特徴的な言葉を残している。
「私は大理石の中に天使を見た。そして天使を自由にするために彫ったのだ。」
夏目漱石が小説『夢十夜』(※1)の第六夜(第6話)に平安末期から鎌倉時代に活躍した天才仏師運慶を描写している。
「仏は彫る前からすでに木の中に埋まっている。仏師は周りの余分な部分を払いのけ、世に出られるお手伝いをしているだけだ」というモチーフとなっている。漱石はもしかしたらミケランジェロの逸話からヒントを得て『夢十夜』の第六夜の逸話を活写したのではないかと思ってしまう。
ミケランジェロや仏師の彫刻の逸話は大理石や原木から削り出す作業の過程であるが、その前に大切なことを見落としてはならない。
彫刻の作業では削り出す前に原木や大理石を選定し、下絵や設計図によって綿密にデザインしていく。原木を選定する眼力と構図のデザイン力。なによりも削り出す仏師や彫刻家の腕前があってこそ作品に命が宿る。表現を変えれば削り出す前に積み足していく作業が必要である。「三の構造」でいうなら彫刻師が技術を会得し、デザイン力を磨く段階が「一刀は万刀に化し」で、構図をデザインし削り出すのが「一刀に帰す」段階といえる。

武術修行の場合は、先人の教えや体験をまずは忠実に学習し自己の中で咀嚼してゆく。「一刀は万刀に化し」ここまでの段階では自分がどのような方向に向いているのかはわかっていない。その上で自己の中で本当に必要なものを選び出し、研ぎ澄ませていく課程の到達点が絶招といえる。彫刻では削り出す前に原木や大理石を選定し、下絵や設計図によって綿密にデザインしていく中で、方向性が定まることと似ている。
「一刀に帰す」に照らせば、積み上げた中からムダな部分を削ぎ落として、単純ではあっても精巧な技術の本質を見極めて絶招にまで自己の技を練り込んでいく。絶招は高級で複雑な技法だとは限らず、基本の単純な技法(一刀)である場合も多い。自在に応用変化することも可能である。
「一刀→万刀→一刀」の「三の構造」について、日本における芸事の修行の課程を示す「守破離」を連想する読者も多いだろう。

太極拳 右分脚の蓄勢 蹲身(坐盤式)
太極拳 右分脚の蓄勢 蹲身(坐盤式)

武術は一方的に攻撃を仕掛け相手を倒すという手段ではない。相手の攻撃に対して反撃あるいは迎撃することを基本としている。そこから攻防の駆け引きや技術の応酬が生まれる。拳脚を用いた打ち蹴り以外の関節技や固め技を分筋搓骨法(擒拿)という。分筋搓骨法の「正手・破手・反手」にも「三の構造」を観ることができる。「正手・破手・反手」は次々と生成発展する八卦と同様の構造といえる。
分筋搓骨法における攻防
正手 : 打手の攻撃に対し、仕手がそれを返す。
破手 : 仕手の返し技に対し、打手が反撃する。
反手 : 打手の反撃に対し、仕手がさらに返す。

武術における「三の構造」も様々な視点があることがおわかりいただけるだろう。
難しい話が続いたので番外編の「三」にちなんで次のコラムを紹介しよう。

【コラム】
創始者伝説 張三豊(ちょうさんぽう) (前編)

太極拳が「太極拳」として命名され、北京に最初に紹介されたのは日本では幕末から明治維新の頃である。
楊露禅(1799~1872)は、陳一族より学んだ武術を北京で最初は「綿拳」と称し、後に「太極拳」として世に広まった。
太極拳が北京において流行したのは、当然のことながら楊露禅の実力による所が第一であったが、太極拳の流行を後押しした二つの要因がある。一つは「太極拳」という命名、もう一つが太極拳は「道教の聖人・張三豊」が創始者だという後世につくられた伝説である。
中国思想の根底にある陰陽太極と易の原理を体現した「太極」の名を冠した命名は、中国古代へのロマンを呼び起こし、武當山の聖人・張三豊によって創始されたという仙人伝説と重なり神秘性に拍車をかけた。
「剛の少林拳」に対する「柔の太極拳」として不動の位置づけをされ、清朝貴族や文人学者を中心に大流行した。現在では一流派を超えて中国文化の象徴記号になっている。

張三豊像
張三豊像

太極拳の創始者としての張三豊(※2)は後世に伝説上の人物として知られている。
張三豊は、1247年南宋の時代に生まれ、元を経て明代までに生きた遼陽府、懿州出身(現在の中国東北の奉天の辺り)の道士・仙人。
張三豊の名前「豊」の字は略字体で張三丰と表記されたり張三峯(三峰)などと表記されることもある。
名前の表記についていくつががあるのは、心意六合拳の創始者・姫際可(き・さいか)(1602~1680年)の字(あざな)を龍峰・龍鳳・龍豊・龍風などと表記されることと似ている。中国語では豊・丰(豊の簡体字)峰・峯(峰の異体字)・風あるいは鳳の漢字は同じ発音記号(ピンイン)※であるため口頭での伝承の際、聞き間違いが生じたためと思われる。

張三豊は幼少の頃より才知が抜群で経典・歴史に精通しており、一度目に通したものはすぐ暗唱できた。『明史』によると張三豊は「身長高、体や耳が大きく、丸い目、矛のようなひげ」という記載がある。全真教の道士より教えを学び、嵩山少林寺でも修行したという。
67歳になったとき、道教を学び不老長寿の術を得てさらに研究し、「三豊道人」と称した。77歳になった張三豊は武当山(以下旧字体の武當山で表記)にて太極剣を研究し、剛と柔の「両儀四象」で太極拳を創始し仙人となった。
張三豊は、武當山で鶴と蛇(別説には「鵲(かささぎ)と蛇」または雀と蛇」)が争っているのを目撃し、「以柔可以克剛,以静可以制動(柔よく剛を制し、静よく動を制す)」(※3)という啓示(インスピレーション)を得て太極拳をあみ出したという。
武当山(武當山)は、「北崇少林、南尊武當」(北に少林寺を崇め、南に武當山を尊ぶ)の言葉にあるように宗教上の仏教と道教の聖地である。武術上でもそれぞれ少林寺は少林拳、武當山は太極拳の聖地として注目されるようになった。
仙人になった張三豊は、130歳のときに一度息を引き取るが、埋葬される段階でまた生き返ったとされる。
張三豊の名声は皇帝に伝わり、1384年(洪武17年)、明の洪武帝(朱元璋)は137歳になった張三豊を招聘するも辞退される。さらに1416年(永楽14年)に、永楽帝が169歳の張三豊を招聘するがまたも辞退されたという。

武當山張三峯 雀と蛇
武當山張三峯 雀と蛇

神仙術の修行は不老不死を目指しているが、現代の私達からみると169歳は現実的ではないと思われる。場合によっては、名前を継いだ二代目・三代目の張三豊がいたのかもしれない。

張三豊は、道教の仙人としてだけでなく武術も優れており武當派の開祖となった。実在した人物かどうかも不明であるが、武侠小説でも少林派と武當派の対立が描かれるなど庶民に浸透していった。近年では映画化され『マスター・オブ・リアル・カンフー 大地無限』は1993年公開の香港映画。原題は『太極張三豐』。日本では劇場未公開・ビデオ発売。ジェット・リー(当時はリー・リンチェイ)が若き日の張三丰(クンパオ)を演じた。

【写真解説】
薰英傑著『太極拳釈義』より
「雀と蛇が戦う様子を観て太極拳を悟る」図

【註釈】
※ 1 夏目漱石の小説『夢十夜』はネットの青空文庫で手軽に読むことができる。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html
「あれは眉(まみえ)や鼻を鑿(のみ)で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋(うま)っているのを、鑿と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違うはずはない」

※2 張三豊の生い立ちについては「ウィキペディア」等から一部参考にさせていただき、老師から伺った話と合わせて編集した。

※3 「以柔可以克剛,以静可以制動」
しなやかなものは、かたくて強いものの鋭い矛先を巧みにそらして、結局は勝利を得る。転じて、柔弱なものがかえって剛強なものに勝つ。
『三略』上略(中国の兵法書。「武経七書」のひとつ)より

※ 4 中国語では豊・丰(豊の簡体字)峰・峯(峰の異体字)・風の漢字は中国語では、同じ発音記号ピンイン Fēngで四声も共通。鳳はfèngで第四声

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