前回までの内三合(ないさんごう)のシリーズ(Vol.10~18)では、「心」「意」「気」相互の関係を見てきた。武術において外面の攻防技術は、内面(心・意・気)の操作やありようによって初めて真価を発揮するといった視点がテーマだった。しかし、心意気は単独では真価どころか存在することができない。骨や筋肉によって構成される身体という器があって初めて安定し、具体的な技として発揮できるといえる。
心意気は、形がないため捉えることが難しい。心意気を液体としての「水」に例えるなら、身体とは、グラスやボトルのような器とみるとイメージしやすいかもしれない。形が一定しない水をグラスに注ぐと器に合わせて形を変える。器に相当する部分が外三合だ。心・意・気の内面(内三合)と筋肉や骨といった外面(外三合)は、対(つい)の関係で双方に補っている。内三合と外三合を合わせて六合(ろくごう)となり、これを内外相合(ないがいそうごう)という。
外三合の重要性について気功家と武術家の気へのアプローチの違いをみると、より理解いただけるはずだ。気功家は、呼吸により気を体内に取り入れ、次第に体内に充満させる。気を蓄積する段階を養気、体内を運行させることを運気という。一般に運気というと、占いの「運気上昇」のように使われることが多いが、気功では体内の気を意念を用いて運ぶという意味だ。
養気と運気までは、気功と武術とで共通しているように見えて実は大きく異なっている。武術では、気を蓄積し体内に気を巡らせ、さらに体に気が満ち満ちた状態で人を打ったとしてもダメージを受けて倒れることはない。それは何故なのか?例えば、火薬を大きい紙に薄く敷いて点火しても大きな力を持たない。火薬は、容器に詰めて密閉し点火してこそ力の方向が決められ、急速な燃焼力によりガスの膨張により、物体を破壊したり飛ばしたりする。

気のエネルギーも器である外三合の助けを借りることによって力の方向を定めることができる。しかし、武術においては、気を発して相手を倒すレベル以前にやるべきことが多くある。相手を倒す具体的な技術こそ武術的価値があるといえる。一定水準の攻防技術を持ったうえでさらに威力を求めるとき必要な技術の一つが気の力だ。武術を志す者は、決して幻想にとらわれることなく現実と向き合わなければならない。
実用的な器としての身体を得るために考え出された口訣が六合(内三合・外三合)である。六合によって何を得ようとしたのだろうか?理想的な身体の動きを導く力を「勁力(けいりょく)」あるいは、単純に「勁」(けい・jìn・ヂィン)という。勁の通る道を「勁道(けいどう)」といい門派ごとにそれぞれ特徴をもっている。外面の統一を「外勁(がいけい)」、内面の意念と結びついたものを「内勁(ないけい)」と分類されている。修練を重ねた方の勁の力は、一生かけても会得できないのではないかと思えるほどだ。動きも実に美しく魅力的で常人には理解しがたい精妙な力を発揮する。
しかしこうした勁力はあくまで筋力の延長であって日々の鍛錬によってのみ得られるものだ。例えばオリンピックやプロのアスリートは、それぞれの種目においてその競技に適応した筋肉を極限にまで発達させている。選手それぞれにその競技によって鍛えられた能力がある。得意な技によって身につけられた独特の身体感覚を持っているだろう。日本人の私にとって勁は、武術の専門用語として用いているが、研ぎ澄まされたアスリートの独特の身体感覚を「内勁」、精妙で力強く人間離れした身体能力を「外勁」と言ってもよいと思う。

武術の修練を始めた頃の初心者の私にとって、「気」だけでなく「勁」に対しても、魔法の力を与えてくれる特別なイメージを少なからず持っていた。しかし、それは幻想にすぎないと思い直し、日々の鍛錬に励んだ。ある時、套路を練習する中で自分なりに上手くいった感覚が生じた。しかし、次の日には同じ感覚は再現せず、がっかりしてしまう。改めて、その感覚を追求してゆくと次第に上手くいく感覚が多くなってゆく。後から思い起こすと勁道のごく初歩の段階である悠勁(ゆうけい)(※)であった。これは悠長な勁という程度の感覚で実用には程遠いものだった。時に調子を崩して失われることもあったが、次第に確信にも似た独特の身体感覚を持つことができるようになった。
次回、外三合を知るために「勁」についてもう少し理解を深めていきたい。難しい話題が続いたので最後に少し眼精疲労に効果のあるリラックスさせるための方法を紹介したい。最近は、新型コロナの影響もあって、パソコンやスマホを見る時間が多くなり、眼の疲れを感じておられる方々も多いことだろう。そうした時に手軽にできる眼の導引吐納法のひとつだ。
まず両手を合わせ、手のひらを擦り合わせる。手のひらが熱を持つくらい力いっぱい十数回速く擦り合わせよう。回数は30回と伝わっていたりするが、何回かは気にする必要はない。熱を持ってきたら両手でをサッと両眼を覆う。手の形をお椀のようにくぼませるとよい。眼は最初閉じて指や掌が瞼(まぶた)に触れないように。掌の熱を感じることができるだろうか?気持よさを感じたら2~3回繰り返しても良い。
眼に蒸しタオルを当てる方法も良いが、これは道具なしで手軽にできる。次に手のひらで眼を覆ったら瞼を開く。手のひらを覆ったまま、眼球を上下・左右・斜め、さらにぐるっと右回り・左回りと回してゆく。それぞれの回数は、たとえば10回程度を基準にして個人の好みで試していただきたい。また、途中で掌の熱が冷めたらその時点で擦り合わせて温め直してもよいだろう。
(※)悠勁(ゆうけい)とは、一般的な用語ではなく、私の一門のみで語られた用語かもしれない。
※初出 2022年3月9日 「HIROSHIMA PERSON」にて公開
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